残酷な蝶の物語 ~ ある夏の記憶 ~

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これは私と妻が数年前に経験した、ある夏の物語です。 記憶として深く胸に刻まれたこの経験をきちんと整理するために、自身のために書き留めたものでした。

春を迎え、優しい日差しの中に舞い踊る蝶たちの姿を目にする時、彼らと過ごした日々を、涙に暮れた日々を、今も時おり思い出します。

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【 序章  静かに、物言わぬ蝶たち 】      

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今、私の前に4匹の蝶がいます。  皆静かに、ただ時を過ごしているように見えます。 彼らの心境など私に測れるはずもありませんが、もしも彼らに人の様な感情があるとすれば、それを私はそれを想い考えたくはないのですが、考え得るあらゆるネガティブな エッセンスが混在している筈で…

私には、彼らに顔向けできない事情があるのです。

 

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その夏の暑さは正に異常というべきものでした。 でも、それはそんな本格的な夏の陽気が訪れる前、6月も中旬を迎えようという頃、静かに私たちの元へやって来ました。

彼らは ツマグロヒョウモン と呼ばれ、その名のごとく美しいヒョウ柄の紋様をハネに 具え、私の知る限り、ヒトに親しく近ずく種族でした。 常日頃より孤独と闘う、私たちヒト族の心を彼らが捉えることは意図も簡単なことのように感じますし、それはむしろ必然のようにすら思えました。

彼らにはある特殊な性質があり、それを補完すべくヒトは東奔西走し、そして私たちもいつしか物語の中深部へと誘われました。

「性質」は、正確には成長した彼ら蝶ではなく、その幼虫が持つものです。 スミレの葉を好んで食し、そして、それしか食べることができない。 本当にスミレしか食べれないのか、それとも食べようと思えば他の草葉も食べることができるのか、もちろん確たる証はありませんが、今は実体験から、やはり食べることが できないのだと確信に近いものを持っています。 なぜなら、彼らは取り付いたスミレの株にもう食することのできる葉が無いと観るや、 迷うことなく旅立ちを決意します。 旅という言葉を用いはしましたが、それは決死の旅立ちであり、俯瞰して見る限り、彼らが次のスミレを見つける確率は多く見積もっても 3%と云うことすらできません。 ひとたびその場を離れれば、そこは灼熱のアスファルトであり、炎天下で彼らが移動できる距離も、その冒険に残された時間も非常に僅かです。 さらに何が哀しいかと云えば、 ヒトたる私が見渡す限りにおいて、彼らが食することのできるスミレはもうこの辺りには無いし、それを私が一番よく知っていることでした。 それでも彼らは、迷うそぶりも見せずに旅立って行きます。 私たちは懇願してそれを思い留めさせようとしますが、彼らを支配する強く大きな意思に逆らわせることはできません。 彼らの身の上に、死はいとも簡単に訪れるのです。 あるものは炎天下で力尽き、またあるものは想像に易い事ですが、車やヒトに踏み潰され、その一生を終えることになります。

 

私はおそらくこの稿の中に 神 という言葉を用いてしまうのだと思います。 多くの日本人がそうである様に、私はキリストやアッラーの様な神を否定も致しませんが、肯定することもできません。 神仏はそれよりもっと身近に感じていますが実感を伴うことはできず、それでもこの世界に溢れる生命を、小さな虫たちの意思を想う時に感じるこのどうにもならない 敗北感 ともいえる感覚は、万物創生の神をもって語る以外にその方法がわかりません。


ツマグロヒョウモンの幼虫は、お世辞にも可愛らしいなどと云えず、全身にトゲの様に 見える突起を持つ赤と黒の鎧を纏い、見ようによっては危険とすら思えるグロテスクで 物騒な風貌ですが、それ自体が鳥などから身を守るための擬態であるかもしれません。 とにかくまったくもって、可愛らしいものではないのです。 ある日、プランターに植えたスミレやパンジーに彼らが取り付いていることに気付きました。 数にして数匹、明らかに、そして見るからに害虫なのですが、彼女がそうしてみせた様に、現代人はこのいかにも恐ろしげなものたちが一体何であるのか、どの様な成虫になるのかをインターネットで簡単に調べることができます。 そして、彼らは害虫などではなく美しい蝶 であることを知ります。 触れることに何の問題もなく、そして何より成蝶はとても美しく可憐で、あたかも昆虫界とヒトの世界を結ぶ親善大使の様、子どもたちの知育観察にも適しているというような記述すらありました。 そんな彼らだから、「見かけは少し怖くても、大切に育ててあげて欲しい」という、受け取るものによっては魅力的な世界と感じてしまうのは、致し方ないことかもしれず、ヒトの使命とすら感じるかもしれません。

 

今さら想像するに、この話は上手くいくはずがありませんでした。 その最大の理由は彼らがやって来る頃、すでにエサとなるスミレが無いことです。 もちろん、私の見回せる世界において、ということにはなりますが、彼らが今取り付いている僅かな鉢を除いて、というのが正しい表現となりましょうか。 

繰り返しますが、ある種のヒトたちは、ちょうど我々がそうしたように、彼らにできるだけのことをしてあげようと、考えます。 そして私たちは、終わりの見えない様な悲劇の渦中へと舵を切ることになりました。

 

 

 

【 幼虫・ようちゅう 】     

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幼虫も最初は小さいものですから、急激に好物の葉が無くなることも無いのですが、じ きに兵糧が尽きかけている事を思い知ります。 幼虫たちは脱皮を重ね次第に大きくなり、その頃には既に彼らが順調に育っている事が嬉しくもあり、下手をすれば名前さえ付いているかもしれません。 その彼らが今、食糧危機に直面しているとすれば、貴方はどうするでしょうか?  誰しも結局そうするのだと思いますが、私たちはその食糧となるスミレを探しまわることになりました。 ところが、これがそう簡単ではありませんでした。

園芸趣味などあれば既知のことかもしれませんが、スミレ類の多くは春に花を咲かせ、 夏を迎える頃にはその入手が極端に難しくなるようです。 さて、どうするか?  などとやっているうちに気付きました。

 「 また幼虫の数が増えている! 」 

 

その日、彼女といっしょに幼虫の様子など眺めていると、何処からともなく一匹の蝶が飛来し ました。 それはまさしくツマグロヒョウモンの雌であり、その飛来の理由は言うまでも ありません、産卵です。 ただでさえエサが不足しておりますので 「頼むからもうやめて」と追い払うのですが、蝶のスミレへの執着は強く、半端な気持ちで防げるものではありません。 四六時中見張っていられる訳もなく、結局のところさらなる幼虫の増産を阻止することができませんでした。


そうして彼らは増えて行き、シーズンを通じて50匹を超える数の幼虫を受け入れてしまったことは、ひとえに私達の心に隙があったものと、今は後悔しています。 蝶たちは季節外れに見つけたスミレを簡単に諦めたりしません。 目の前に舞う蝶の飛行は、まさしく目的のスミレを見つけた 「歓喜の舞」 でした。

 


幼虫が増えるとエサとなるスミレの葉が刻々と減っていくのがよく分かります。 観察 していると、彼らは葉の縁にしがみついて、外形に沿ってコリコリと葉を食して行きます。 小さな株に5匹も着けば、あっという間に丸坊主にしてしまいました。 これは持たぬと、次の手を打つことになります。

まずは自宅や他の鉢に勝手に自生している野路スミレといわれるものを集めてみましたが、これは全く食べないと云う事でもない反面、好きでもないらしく、その証拠にその鉢を見限り出奔するヤツが続出するようになりました。「この期に及んで贅沢を言ってる場合か」と泣きたくなりましたが、 結局のところ脱走者を捕獲して連れ戻す作業に追われることになりました。 

同時に庭持ちの知人を片端からあたりました。「スミレはまだ残ってない?」 幸いにして2ヶ所から援助物資を得ることに成功しましたが、その量は知れています。 ぼちぼち大きな幼虫が目につき、彼らはもうすぐサナギとなって葉を必要としなくなるかも知れませんが、同時にチビの数が、また凄いのです。 「絶対に、足りない… 」

車で移動する時など、いつしか花屋さんを探して目は泳ぐようになっていましたし、公園の脇を通れば車を止め、敷地内にスミレが植わっていないか改めます。 いや、公園である必要も無く、他所様のお庭をも目で物色しました。 もちろん盗む気などありません、譲って貰えばよいのです。 お金でケリが付くものなら、ぜひそう願いたい。  が、そうは上手く運びません。 季節外れとは、つまり「世の中に無い」ということなのですから。 

最終的にはインターネットで花屋さんをリストアップし、丹念に一件ずつ電話する事で、奇跡的にもその内の2件に、花屋さん的にはまったくオススメできるようなものでは無いにしても、スミレが存在する事が分かりました。 残された時間は無く、とにかくあたってみることと訪ね行きますと、かたや貧弱ではあるものの、匂いスミレの小ポッドを1トレイ、もう一方では花は一切なくとも、パンダスミレの中形ポッドを2鉢手に入れることができました。 この時の私たちの安堵感をご想像していただくことができますでしょうか。


「花」と云えば、蝶たちはどうやって目的のスミレを見分けるのでしょうか。 何処かで虫の眼で見る世界はヒトと異なり 「花が虫を呼ぶ」 と聞いたように思いますが、スミレにとってツマグロヒョウモンは、それほど有難い存在と云えるのでしょうか。 何せ、片端から丸坊主にしてしまうのですから。 とはいえ、スミレもまたタフであることは間違いありません。 三週間も養生すれば、新たに葉をつくりだします。 スミレを探しまわったことは述べましたが、同時に丸坊主となった株の再生にも、もちろん取り組みました。 ですが、結論から云えば、これは残念ながら少々間に合わなかったのでした。


少し考えれば分かる事なのですが、虫が幼虫から無事に成虫となる確率は、かなり低い はずです。 私はツマグロヒョウモンがどれ位の数の卵を産むのか知りませんが、それが、例えば10個20個の卵を産むとして、全てが無事に蝶となったりすると、世界はたちまちツマグロヒョウモンで溢れることになりましょう。 が、そうはなりません。 せっかくこの世に生まれてきたのだから、美しい蝶となり空を飛んで欲しい、と思いますし、それこそ祈るような気持ちです。 ですが、「自然」はそうは成りません。 その一つの答えが 「蜂」 の襲撃でした。


幼虫のいるプランターに、蜂がやってきました。 

最初はわからなかったのですが、すぐに目当てが幼虫達であることに気付きました。 蜂はスズメバチほどとはいかないものの、それなりに大きく、アシナガバチのように見 えました。 まずはホウキを手に取り追い払いましたが、蜂も思わぬ獲物の山にすっかり執着し、簡単には引き下がりません。 成り行きとはいえ、私は振り下ろしたホウキで蜂をはたき落としてしまったのですが、地面に落ちた蜂は動かず、しばらく痙攣したようになっていました。

「私は何という間違ったことをしてしまったのだろう」

無性に腹が立ちました。 蜂が幼虫を狙うことは当たり前のことで、結局いつも妙なコトをやっているのはヒトなのだから。 幼虫を守って蜂をたたき落とすなどは全く本末転倒のこと、自分が今したことは、何としても後味が悪いものでした。

死んだかと思われた蜂はその後、何が起こったのかも思い出せない様子で立ち上がり、 フラフラと隣家の屋根の上へ飛び去っていきました。

しかし蜂は一度覚えた狩場を忘れることはなく、何度でも飛来しました。 そして、幼虫達は連れ去られたり、またあるものはその場で腹を引き裂かれたりしました。 なぶり殺しのまま置いて行かれた幼虫の苦しそうな姿を忘れることは、決してありません。 そして、幼虫の腹の中は、夢中で食べたスミレでいっぱいであったことも。

 

そもそも目立ち過ぎていたのです。 私たちは大量のイモムシを扱っていることを通りがかりの人に気付かれるのが怖く、時にはカモフラージュなどもし、ヒトに対して極度ににコソコソとしていました。 さぞかし怪しい人間に見えたと思いますが、実際、彼らは非常に目立っていました。 蜂が見逃がすはずも、ありません。 この小さな世界に、またヒトが干渉する事には大きなためらいがありましたが、放置すればおそらく全滅に近いところまで行ったであろうことは、想像できます。 プランターの場所を変えたり、侵入防止のネットを設置したり、その気になれば方策はいくらもあるように思えましたが、それをすべきかどうか、正直に言って迷いもしました。 ですが、既に乗りかかった船という気持ちもあるし、やはり幼虫が苦しみ死んでゆく姿をこれ以上見たくはありませんでした。 それでも結果的にはかなりの数が、蜂たちの餌食になった様に思えます。

 

 

 

【 蛹・さなぎ 】     

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大きな幼虫達は体長も5センチほどになり、ようやくサナギへと変身する時期を迎えて いました。 時季が到来すると彼らは場所を定め、そして、そこにぶら下がります。 時間にして数時間というところでしょうか、徐々にサナギへと姿を変えてゆき、その最終ステップとして「脱皮」という言葉が表す通り、今まで纏っていた黒いトゲトゲの皮を脱ぎ捨てます。

サナギの背には幼虫時を想わせるような突起が規則正しく2列に並び、その内10の突起が凡そ幻想的とも云える金属光沢を放ちます。 なぜ、何故そんな事があり得るのかと、眼を疑うようなそのきらびやかな姿に魅せられる人も、多いのではないでしょうか。 その光沢が何の役に立つものかはわかりませんが、それが金色に輝けばメスであり、シルバーならオスである事が分かっているようです。


ちょうどこの頃、中形の幼虫が土の上で死んでいる姿をしばしば目にしたように思いま す。 幼虫の死に慣れてきた段階ということもあるし、蜂にやられたのだろうと信じたい気持ちがあった事を白状致しますが・・・

私たちには、ある疑念がありました。

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| 【 新たに仕入れたスミレの鉢は、薬剤で汚染されているのではないか? 】

| 【私たちは彼らに、とんでもない物を与えてしまったのではないか? 】

先に申し上げておきますが、以降の記述には何ら科学的根拠はありません。 むしろ否定して欲しいと、心から思います。 この後起こる全ての出来事は自然な事であって、人間が作り出した殺虫剤がもたらしたものではない、のだと。

 

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羽化は、概ね朝方に始まるようでした。 時刻にして午前8時頃でしょうか、サナギは背を割り、中から蝶が顔を出します。 出て来た時には縮まっていた羽は、朝の光を受けて徐々に伸び広がってゆきます。 「完全なる変態」、蝶の誕生です。

最初のうちは、そうして飛び立つ蝶を実際に目にもし、事実、数匹の蝶は空へと帰っていったと思うのですが、地獄はこれからでした。

実際、幼虫からサナギへ、そして蝶へと生まれ変わるこのイベントは彼らにとって、とてつもなくリスキーなものであろうことも、今は理解しております。 「変態」は華やかに映る偉業ですが、それは生死を紙一重とし、蝶となるために越えねばならない最後の高い壁に他ならないのです。


上手くサナギになれない幼虫が続出する様になりました。 彼らはサナギの形になったとしても、きちんとぶら下がり定着する事が出来ず、いとも簡単に地面に落ちました。

「何てことだ! もう一息なのに、何故・・・?」

できることはとことんやると、もう決めていました。 落ちたサナギはまだ生きています。  何とかして救う方法はないか?
私は迷わず、落ちたサナギを拾おうとして指先が触れたその時、私の想像をはるかに超 える力で、サナギが抵抗して身をくねらせました。 

「動く?!」

恥ずかしながら、私にはサナギが動くものであるというイメージがありませんでした。 実際に手に触れたサナギは何とも柔らかく、それも、こんなにも力強く動くものでした。

もう一度、改めて、そして慎重に・・・

落ちたサナギをそっと指でつまみ上げたその時、事故は起きました。 私は彼を誤って地面に落としてしまったのです。 そして、サナギは潰れてしまいました。 ちょうどタマゴを落とした、その時のように。

私は泣きました、涙が止まりませんでした。

「あと少しだったのに・・・もうちょっとで蝶になれたのに。」

「何ていうコトをしてしまったのだろう・・・」

 

落としたといっても、高さは30センチあったかどうか、たいした高さではなかったように思います。 それにも増して脱皮したてのサナギは柔らかく、非常に脆弱でした。
落ちたサナギは表皮がちぎれ、体液が流れ出していました。 それは綺麗な透明で微かに赤味を帯び、まるでイチゴシロップのようでした。 しかし、この液体だけの体が何故、あんなにも力強く動くのでしょうか。 それに、これがどうしてあの蝶へと変わるのでしょうか?  

兎にも角にも、脱皮したてのサナギは、非常に扱いが難しい事を身を持って経験した出 来事でした。

 

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サナギの落下が後を絶ちません。 何故? もしかして・・・という想いを拭えぬまま、私たちは落ちたサナギを慎重に、あるものは糸で吊るし、またあるものは小面積のネットで保護する様に、とにかく祈るような気持ちで、考え得る方策を講じました。

サナギでいる期間は概ね8日ほど、途中でアリがたかってしまった個体は、はや死んで いたのだろうと思いますが、それが自然な確率の中で読めるものか、わかりはしません。 疑念を拭えぬ暗い気持ちのまま、落ちたサナギ達が羽化する時を迎えました。 想像はしていましたが、やはり残念なことに皮を破ることなく、その一生を終えてゆくものが多かったし、その確率があまりにも高すぎる気がしてなりませんでした。 それでもその殻を破り、自力で出てきた蝶も、居るには居たのです。

 

 

 

【 羽化 ~ 変態 ~ 】

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プランターはオフィスの敷地内にあり、その日は日曜日の休日でしたが、朝から様子を見るために一人で出勤しました。 羽化した蝶がいるかもしれないと思う反面、嫌な胸騒ぎがし、それは全くもって杞憂ではありませんでした。 

その朝、私を迎えたのは、地に落ちた哀れな蝶たちでした。


サナギからは、確かに出たのです。 抜け出た蝶であることは、見てわかりました。 が、 しかし・・・

「これは一体・・・  ああ、神よ、あなたは何と残酷なことをなさるのか・・・」

蝶たちはみな地に落ち、羽は広がることなく縮れ・・・  早くもアリがたかっているものもありました。 でも、まだ生きている? 

 

結末はあまりにも厳しいものでした。 既にここまで幾度も流した涙でしたが、これは残酷すぎるし、この地獄をつくってしまったものは、私たちの無知で無責任な愚行そのものである事が、今さらながらに身に沁みました。 手を出してはいけないものでし た。


ある蝶は羽化に成功したようで、抜け殻につかまって羽を伸ばしていました。 今にも飛び立つものと、救われた想いでその旅立つ様子を見送りました。 旅立ちを決意したその蝶は、ひとたびフワリと舞い上がったかと思うが直後、目の前で地面に墜落してしまいました。 何かがおかしかったのでしょう、再び飛ぶ事もできず、地に落ちてじっとしている蝶。 私がそっと指を差し出すと、彼は静かに、その指に乗りました。

前にも触れたと思いますが 50匹 ほどはいたとして、羽化を経て正常な蝶となる確率が、 どう考えてもあまりにも低すぎました。

 


サナギへの脱皮と、そして羽化を迎える蝶たちのこの悲劇はその後も一週間以上続きました。 涙も枯れ、言葉も失った私たちは、死んだ蝶や、もうかえることのないサナギ を静かに葬る作業に明け暮れました。 ただひたすらに憂鬱でした。 明らかに死んでいる蝶であればまだしものこと、時にはまだ生きているものがいます。 そのようなものは、私たちの目には苦しんでいるようにしか映らず、時には数時間もピクピクと腹を動かす様子を見守りました。 そんな時、枯れたかと思った涙は再び流れ、声にもならぬ言葉が胸の中で響きました。

「 ごめん、ゴメンね…  本当に、ごめんね。 」

 

 

 

【 終章  静かに、物言わぬ蝶たち 】      

 そして今、私の目の前で静かに時を過ごす、異形の蝶たち。 その内の二匹は自力で動くことができませんが、液を染ませたコットンを口元に寄せると、それまでクルリと巻かれていたストローを静かに差し伸ばし、そして蜜を吸います。 蝶とも見えないクシャクシャの縮れた汚い羽根、胴もわずかに曲がっていて、脚はあっても力無く、身体を支えて動くことはありません。 一匹は初飛行で墜落したもので、以来、上に向かって飛ぶ姿は見られず、今はもう飛ぶことも諦めたようでした。 

もう一匹、これは羽根はある程度広がって美しい紋様を見ることができますが、その閉 じた羽根は悲しいことに垂直に立たず、片側に重なって横向きに寝ているため、一見すると死んで地面に落ち、横たわっているような、 何とも云ない哀れな姿でした。

 

そんな彼らとの静かな生活もいつしか二週間を過ぎ、そして申し合わせたように、それからの数日に一匹ずつ、静かに眠るように旅立っていきました。 何度となく流し続けた涙が、また私の頬を伝いました。 

 

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