水辺の風景 2026年9月21日 夕暮れ前の散策とムクドリの塒入

アオアシシギ と クロツラヘラサギ

今季、殆んど足を運んでいないからかもしれませんが、出会うことの無かった クロツラヘラサギ の群に、この日は日没前の澄んだ光の中、堤防内の耕作地で出会うことができました。

この時季ですと、まだ渡って来るには早いような気もしますのでこの地での滞留組かとおもうのですが、観察しているとやはり羽先に黒い部分が目立つものなど、若い衆が集まって夏越ししたものかと思われます。

 

サルハマシギ?

 

休む群の中、ひときわ大きな体躯は ヘラサギ。 ここではクロツラの群に混じることが多く、いっしょに行動していることがわかります。

 

遠く、ムクドリの群

のんびりと観察していて、気付けばよい時間に。 遠くにはムクドリの群。

日没までもう少し、頃合いも好し。 久しぶりにムクドリの塒入を見に行きます。 ちょうどコムクドリが多く見られる季節です。

 

 

例により無計画に訪れてもこの時間帯、もう光量が足らずにロクな写真が撮れません。 それでも大群が寄せてくる様子、そして一斉に鳴く声。 

特別な時間を過ごすことができました。

 

■撮影地:熊本市

 

水辺の風景 2026年9月6日 季節変わりは少しずつ

まだ夏の羽衣 カイツブリ

気温30度って、こんなに快適だったっけ・・・? などと戯言を交わしますが、少しだけ、季節変わりを感じるような日が混じるようになりました。 

とすれば、大移動・秋のはじまり。 出会いを求めて港周辺を訪れました。

 

いろいろ居ますが・・・

まずはこの場所。対岸で遠く、ヒトは近付けず、薄暗くもあってロクな写真がいつも撮れませんが、だからこそ、皆ここで羽を休めています。 

記録ではありますが、カルガモの他に キンクロハジロ、バン、それから シマアジ が数羽集まっていました。

 

単騎、オレンジの脚がひときわ目立つ アカアシシギ と遭遇。 私たちをあまり気にする様子も無く、水の張られた耕作地で休んでいます。 この時期だけ、たまに見かける種です。

 

タシギ・警戒中

一面に葉の茂ったハス田を眺めていると、中で動くものアリ。 盛んに動いて見えたのは ムクドリ の一団でした。 そんな中、どれくらいいるのかは分かりませんが タシギ と目が合います。 ムクドリ は忙しそうに動き回りますが、タシギ は警戒してフリーズ。

 

 

先ほど出会った アカアシ かと思いきや、少し雰囲気が違います。 さてさて、こんなののリファレンスが一番難しい。 タシギ・ジシギ類などもそうですが、みな似たような羽衣ですし、夏冬の羽衣に 1年目冬 とか若鳥の羽衣も加わってくると、もう大変。

 

トウネン

イカルチドリ

オジロトウネン

小さいのがずいぶんと集まってきていました。 彼らは水深のあるところには寄り付けませんので、薄く水の残った耕作地などに集まります。 彼らが集まりだすと、暇はしません。

 

 

■撮影地:熊本市

 

水辺の風景 2026年8月30日 夏の終わり、海岸にて。

 

しかし、暑いな・・・

なかなか出張る機会を得ない生活が続きます。 それでも、今日はこの時季の海岸でも見に行くか、ということに。 

そういえば、今季アオバトさんも見に行ってませんでした。 居るかしら?

 


訪れた海岸、まず迎えてくれたのはすぐ近くでのドラミング。 海岸沿いの林ではよく見かけることの多い コゲラ。 どうやら若造の様、羽衣が未成です。

 

海岸に来て、コゲラか・・・ などと思っていると、今度は荒篭、白いサギの群に混じって一羽だけ黒いのが。 チュウサギなどと比べれば、明らかに小ぶりな体躯。 地味で視線を一度切ると、見失いがちなほど。 

他には考えられないので、恐らくクロサギで間違いないと思うのですが。

天草辺りまで行けば出会う鳥ですが、この辺りで見かけたことはありません。 単騎ですので、迷い込んだものか。 まあ天草といっても海を挟んで目と鼻の先、驚くほどのことではないのかもしれません。

 

 

肝心のアオバトはと云えば・・・

海岸線を眺めている私たちの頭上を、群が行ったり来たり。 浜に取り付くかと思えばそのままUターンしたり、場所を変えてはるか遠くの浜へ降り立ったり。

撮れた写真はコレだけでした。

 

 

■撮影地:荒尾市

 

水辺の風景 2026年8月13日 夏の海へ

 

海鳥たちの姿を求め、例年訪れるフェリー航路。 今季初、機会を得て訪れることができました。

 

 

ウミネコ、カツオドリ、そして オオミズナギドリ。 

オオミズナギドリ との遭遇機会は往路に一度だけ。 見かけたのは2、3羽でしたが、会えない事も多いのですから、幸運であったと思います。 

 

次第に対岸の島原港が近付いてきます。 背後にそびえる普賢岳、そしてその手前が 眉山 と呼ばれるようですが、今回の地震で崩落した部分が白く写っています。

 

 

復路、海は飛影も少なく静かな表情。 浮灯台にはいつもの様にカツオドリが羽を休めています。

 

 

■ 撮影地:熊本 ~ 島原

 

天の川を探しに 2026年8月12日 比較的に近い場所を回ってみる

 

前回は 5月 でした、新月繊月の夜に天の川を探します。

夏は天の川の観察に最適なようで、真夏の新月の頃、またやろうと決めていました。 ただ・・・どこへ行こうか? 

表題写真はそれっぽく撮れた、たった一枚の成果作、戸馳島での一枚です。

 

 

三角から天草へと渡る大きな橋の付近、この辺りで絵になる写真風景があるのではないか・・・ という気持でしたが、これがなかなか難しい。 ほとんどただの夜景写真となりました。 

絵になる風景にはライトアップがつきもの。 フィルターワークも無し、また、撮影画像の合成処理など行わない ”撮って出し” しかできないので光源が強すぎれば星空がかすみ、かといって前景が決まらなければ無味な写真になってしまいます。

好きな風景や景観、その背景に天の川を・・・ とイメージし、方角を地図で確認したりして場所を選びますが、この様な辺境の場所でもやはり 海岸沿い は明るのだということを思い知りました。 

漆黒の空に満天の星を写したければ、やはり山の上など高いところに行かねばならぬようです。 

 

日を変えて訪れた鞠智城、三重塔を前景にと臨みましたが雲が多く、肝心の星が出て来ません。 今回はただの夜景写真で幕引きとなりました。

 

 

月齢は既知のこと、暦の上でいつが好機かは鉄板ですが、このテーマでもっとも苦労するのが、その日その時、その場所の天候。 これこそは運としか言えませんが、例えばホームの熊本からひと足伸ばすとして、天気予報なども眺めながら 阿蘇方面 の星空指数はどう、天草方面は比較的雲が出なそう・・・ などと撮影に向いたエリアを探すのですが、これがなかなか難しい。 

それに加えて今回、7月末の地震災害でどうにも足が動かない。 個人的には家の中に飾っていたものをいくつか壊してしまった程度、アンティークを壊すのは胸が痛みますが、モノはいつかは壊れるもの。 そのほか身近では大きな被害など無かったけれど、少し場所が変われば深刻な状況が聞かれています。 被災の中、猛暑での停電・断水がいかに苦しいか。 

いっしょに阿蘇へ星空を見に行こうと計画していた妹親子の来訪もキャンセル、阿蘇での宿泊もキャンセル。 ほとんど何もできないお盆休みの中、星くらい眺めに行くか・・・ 

結果的には近場を選びましたが、やはり揺れが強かった地域方面は避けますし、まだ余震も続いているさ中 「遊んでてもいいのか?」 とも思ってしまいます。 

ただ今回は流星群も見られるということで、とにかく出かけてみようということに。 流れ星の3つや4つは見ましたが撮影などはできず、物足りなさはいなめません。 

また、機会があればチャレンジをと思います。

 

水辺の風景 2026年8月9日 港周辺の様子

 

久しぶりに港周辺の耕作地を訪れました。

例年を振り替えると、この時季なら アオアシシギ かな、と思いながら見渡せば・・・ 居ました。 カルガモといっしょに休んでいます。 

 

シギたちが姿を見せてもよい季節になりつつありますが、まだトリ密度も無く、シーズンオフといった感じのフィールド。 ツバメたちはあいかわらず忙しそうに旋回しています。 またそれをついつい追いかけてしまう習性・・・

 

 

セキレイの若いの

 

■撮影地 : 熊本市

 

2026年7月4日 トリのモノ 「百千鳥」を楽しむ 

羽衣のディテール

カワセミ もこんな風に。

木版画、喜多川歌麿「百千鳥」 を数葉、入手しました。 以前から興味がありましたがこれまで機会が無かったところ、カモ羽衣のあまりに美しい描写に魅かれて入手することに。

 

歌麿と云えば 美人画大首絵 などの浮世絵をすぐに想い起こします。 その稀代の絵師の眼が捉えた鳥図、風流と云わず写実と云わず、格別な魅力を感じていました。

浮世絵と云わず 「木版画」 のジャンルは、絵師・歌麿の図案だけでは完結せず ”刷り” の良し悪しで仕上がりが大きく異なります。 今回は アダチ版 ということで、マガモの羽衣に見られる繊細な多色刷りと色使い、そしてボカシのセンスなど、私的には腑に落ちるものでぜひ手元に飾りたくなりました。

 

鴨に翡翠 カモ に カワセミ

鵜に鷺 ウ に サギ

鷹に百舌 タカ に モズ

ゑなかにめじろ エナガ に メジロ

木莵に鷽 ミミズク に ウソ

 

ところで、喜多川歌麿(1753年? - 1806年)。 鳥類の絵図版ではこれまで西欧の 博物画 を好んで見てきましたが、これらはザックリとくくれば概ね同年代の作品といえるでしょうか。 現代のような印刷技術が普及する前、西洋では年代で変遷はありますが銅版画や石版画へ手彩色されたものが殆どで、一部には 木版画 なども見られますが、やはり彩色の部分を人の手で行うことで、無機質な線描画に温かな命を吹き込むような感じ、これらの作風に魅力を感じています。

博物画と百千鳥を比べるのもどうかな・・・と思うのですが今回改めて眺めるに、写真など無いこの時代に、いずれもよく写実していることには驚かされます。 歌麿が描くと、トリたちもなんだか少しカブいた感じ、実に面白いところです。 西洋の博物画においても、その図版作者によって個性が現れるもの。 可愛らし過ぎたり、ちとコワかったり。 そこにはある種の デフォルメ が必ずあるもので、そこに好き嫌いを見出すのが楽しみでもあります。

西洋モノの博物画は、それこそ 図版 として単体でその鳥のみを描くものも多く(違うのもありますが)、比してこのシリーズは当世風の構図、狂歌の文言も加わってひと味違う世界が作られています。 

 

ミミズク