トリのヒトについて

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私は昔から鳥が大好きでした。
ただ、それは”生き物として”ではなくて造形の美しさといいますか、羽毛の繰り返し模様が織り成す繊細さ、
ですとか。

今回はなぜかキジバトのくーさんですが、うちには今、小桜インコが3羽います。
ひとつがいは人間にすればとうに百歳を超えようかと (そのような年齢換算も少し難しいことと思いますが)いうような長生きさんたちと、今年で4歳のメスですが、とにかくコイツらときたら・・・。

小桜インコを知っているヒトなら、説明無用のことでしょう、好奇心が強く、喜怒哀楽を丸出しで、
そしてとにかく威張っています。
手塚治虫氏が描く『火の鳥』などを読んでいても、もし進化の過程で何かが変わっていたら、人間に代わって世界を制覇したのは鳥族かもしれないと思わせるようなフシがあります。何せ、制空権は鳥族にあるのです。
もし、鳥類の体のつくりが、このように 『羽-脚』 ではなくて 『羽-手-脚』 だったなら・・・。
どうですか?
デビルマンみたいな?
デビルマンって何かって?

まあ、進化の流れはそのようにはならなかったようで、ほっと一安心です。



鳥が好きな人、故に 『トリのヒト』 でも良いのですが、イメージとしては 『鳥族と交流してしまった人』 という感じで、タイトルの言葉をいつしか使うようになっていました。
インコの赤ちゃんを頑張って育てた人、老いて死んでいく姿に涙を流した人・・・。
死んじゃう話しは嫌ですが、特にペットとして売られている小桜インコのような愛鳥を入手した場合は、その小さな命をまるごと受け止める責任を痛感します。
野鳥に関しては、やはり外で見るのが自然、自然の中で見る鳥たちは本当に美しいと思います。

空へのあこがれ、空を制するものと友達になりたい・・・。

くーさんとの別れは辛いでしょうね。
でも、時折私のデスク脇の窓に現れて ”コツコツッ”とガラスを突付き、少しおやつをねだって帰ってゆく。
たまには奥さんを連れてきたりして。(男の子のイメージ?)
良くないことと知りながら、近頃早くも妄想を描いてしまい、何と自分勝手なことかと思います。
まさにジレンマですね。


今日の写真は くーさんが現れてから、めっきりと遊んでもらう時間が減ってしまった、かわいそうな
オレンジ色の3歳です。
頭の大きさはくーさんと同じくらい、究極の3頭身!