文房具のコレクションをお預かりしております。
文具と云っても、いわゆる 「文房四宝」、筆・墨・硯・紙 に加え、座辺に用いる文房諸具のことですが、それらは古く中国に起こり、ひとつの文化として発展・伝搬されてきました。
「硯」 はもとより墨を摺るための書道具ですが、多くのものがそうであるように、用を超えて愛玩される 美術工芸作品 として、更には希少な材料、硯においては希少な原材石の価値を備えるものとして、巷では盛んに評価や売買の対象となっています。
私がただ今、手に取って眺めているのは 「和硯」、日本で採石され作られた硯。
日本における硯の文化も、もちろん大陸からの伝搬を起源とします。
古くは 陶製 の硯を用い、後に端渓などの優れた資質を備えたものが伝搬すると、国内でも優れた材料を探し求められる気運が高まります。
多くの硯材が見いだされて作硯伝承され、また或いは小さな鉱脈は枯渇もし、現在に至ります。
硯(材)を評価する文化は古く、本歌の大陸でも時の文人たちにより常に品評され、文献資料として残っているようですが、現代の日本に於いてもそれは変わりません。
今回お預かりした和硯、蒼龍石 や 若田石、虎斑石 などは常に 「国産屈指の」 「端渓に優るとも劣らぬ」 と評される選りすぐりです。
●硯における ”石の評価” について
硯には明快な用途があるものですので、まずはその機能性が評価されます。
良い硯(材)の条件などは何を見ても
・墨あたりが好いか
・磨墨が速やかで発墨が好いか
・洗うに墨落ちが好いか
・均質かどうか
などとなります。
ヒトの感覚はあてにならない部分も多い反面、時に上質なものに触れ、それを使ってみて知るその 優 に驚く事もあるでしょう。
好い硯は 「墨を ”擦って” いる感が無い」と云われますが、中国の 端渓石 にせよ国産の 蒼龍石 にせよ、その資質を充分に備えた材料であることは間違いの無いことでしょう。
その前提があってなお、さらに質の話は奥へと向かってゆきます。
例えば蒼龍石。
昭和20年代終わりに 硯石 として見いだされ、その後に採掘が始まります。
私はもちろん採石場に足を運んだこともありませんが、「和硯のすすめ」 を著された石川二男氏の言葉をかりますと
「 荒谷の沢を挟んで左が蒼龍石、一メートルほど右側の新坑の硯石を作硯していた中村市口鴨川の坂本賢造氏(号・一水)の作品が 「土佐硯」 の商標で・・・(中略)
・・・中村氏は土佐硯から離れて 「中村硯」 の商標で別途販売することになった。」
「蒼龍石新坑とは荒谷沢右側の坑、その左側の坑を蒼龍石旧坑としてきたが、昭和四十三年以来絶えて久しく採石されなかった旧坑を、最近、坂本賢造氏が復活する事となった。」
という様な、混沌とした状況がそこかしこに出て参ります。
同じ商標の硯であっても 新坑・旧坑、またそれらのストック材などは何年分も確保されている訳で、その判別は一朝一夕には成りません。
ただ、優れた作硯家たちは供給される材から選び、できるだけ優れた材を自作に用いますので、商標・ブランドにおける材の質は安定するものです。
それでも、やはり谷の右と左では鉱脈の質は違うでしょうし、脈質は一定ではなく詳細な組成や不純物の含有量も違うわけです。
このような話、中国の端渓硯などは高額で取引される故に、さらにシビアなランク付けや評価があるわけですが、中国の混沌というものは潜在的にスケール感が異なります。
それを想いますと、売る方も、また買う方も、日本の物は好いな・・・
などと思うわけですが。
●●●● ●●●● 出品和硯のご紹介 ●●●● ●●●●
ご紹介の硯は ヤフオク で出品しております。
どうぞご覧下さい。
【 SY-112 蒼龍硯 】*****************************************************
こちらは高知県に産する 蒼龍石 の硯、橋本耕雲 の作硯です。
本品の裏面には 「蒼龍石」 と銘が刻まれており、オリジナルのしつらえから 橋本耕雲 氏の作硯と判っております。
端正な長方の形状、硯面全体に墨堂はごく浅く凹が施されております。
硯面は漆黒、硯側や僅かに覗いた製作生来の欠損部から石の表情をうかがい知ることができます。
実用というよりも硯板に近く、銘材の見せる表情や感触、品質を存分にお楽しみいただく作例かと思います。
職人・橋本耕雲氏は大正2年・徳島生まれの作硯家。
本品には 昭和54年 までの経歴書が添付されております。
【 SY-118 中村硯・その1 】*****************************************************
裏面に 土佐一水 の銘が刻まれております。
「中村硯」 は高知県に産する銘石、所謂 「蒼龍石」 を材とし、一水工房・坂本賢造氏(初代・一水)の手による作品です。
本品は小ぶりで薄いつくり、小筆・仮名の用に好さそうな硯です。
植物の実でも模したものか、大らかな曲線に僅かに加えられた変化が目にも優しい佇まい、気品を備えた作です。
全体を完全に磨き切ることをせず、割肌の風をごく僅かに覗かせておりますところなど、硯は単なる道具ではなく石をも愛でるものであることを感じることができます。
【 SY-125 中村硯・その2 】*****************************************************
本品は一水工房・坂本賢造(初代・一水)氏の手による作品です。
個々の形状や石紋など、原材料の持つ個性から起想し、作家氏が一つひとつ硯として形づくるもの。
同じものの一つとして無い個性をお楽しみいただけます。
端正な長方形の硯とは対極的な容貌、荒々しさと繊細さをともに備えた作は眺めて飽きることがありません。
また本品は 一材 から同時に蓋が削り出されており、一層興味深い姿を楽しむことができます。
蓋に磨き出された美しい石紋も特徴的で美しいものです。
【 SY-126 中村硯・その3 】*****************************************************
一水工房・坂本賢造(初代・一水)氏の手による作品です。
本作は切出された辺材の特質を活かし、半直線的な容姿に生来の石肌が混在するユニークな表情を併せ持ちます。
さらに 表裏両面 が硯として彫込まれ、用いる楽しさもひとしおです。
【 SY-586 対馬・若田硯 】*****************************************************
対馬は国内屈指の硯石産地、優良な硯としての資質を備え、また脈中に織り成される石紋の美しさを活かした優品が多く見られます。
産地の硯は天然石の材なりに、姿かたちを活かしてつくられる作風が多く見られます。
本品も天然の風を存分に備えつつ、端正で美しい姿の作品です。
本作は適度な緊張感を備えた姿、縁や硯側に見られる繊細な石紋の表情と、硯面の漆黒が織り成す 静と動 の変化が趣深い作品です。
縁の石紋は鮮烈で美しいものですが、それにも増して、硯面の緻密で繊細な石感には強い魅力を感じます。
裏面には 「対馬若田硯・寿人作」 の文字が刻まれております。
使用時に見ることはできませんが、硯裏面の表情も豊かです。
【 SY-109 高島・虎斑石 】*****************************************************
こちらは滋賀県近江の古い硯石産地、高島の硯。
当地で産出する石質の中 「虎斑石」 と呼ばれる名材で製作された硯です。
材なりに天然の風格を残した作りとなっており、盤面の隅から硯側へかけて錆を噛んだ表情は独特です。
石質の異なる部分を硯面に用いることはあまり一般的ではありませんが、作家・泰石氏が石本来の表情を残し作硯された様子が想われます。
裏面には 「高島虎斑石 泰石・作」 の文字が刻まれております。
親水のしっとりとした表情をどうぞお楽しみ下さい。